川底から湧く温泉

天ヶ瀬温泉と天龍荘

創業は、江戸時代天保年間(1830年)。186年続く老舗です。
天ヶ瀬温泉は、玖珠川から湧いて出ている温泉です。
先代(現会長)が子供の頃は、遊び場といえば玖珠川、一日中川遊びをしていたそうです。体が冷えてくると川岸の砂を掘って、湧いてきたお湯に浸かって温めて、また川に飛び込んでいたと、懐かしそうに語っていました。
実際河川敷を掘れば、どこからも温泉が湧いてきていたといわれています。
天ヶ瀬温泉には明治の文人墨客が多数滞在していたとの記述もありますが、当館にも「長三州」「大村益次郎」などの著名人が訪れ、楽しんだとのことです。


天龍荘のお風呂

大浴場

男女の大浴場は時間で入れ替え制になっています。たっぷりの湯量が注ぎ込む広々の浴槽と、桶の湯舟、電気風呂などをお楽しみいただけます。それぞれ雰囲気から違うので、両方お入りいただくのがおすすめです。

貸切風呂

本館の貸切風呂もプライベートにご利用になれますが、玄関斜め前の「家族湯」がとにかくオススメです。赤いポストとセットになった木造の小屋が「貸切家族湯」 ぷ~んと鼻をつく硫黄混じりの香りがいっそう温泉情緒を掻き立てます。
川底から自然湧出する「千年湯」が引き込まれるこの場所が実は最高の贅沢 生の温泉を、しかもほどほどに小さい浴槽で楽しむ・・ それが良いのです。格子の窓からのぞく玖珠川のせせらぎ、小屋を満たす湯気に、数百年のタイムスリップ。

天ヶ瀬温泉について

泉質:硫黄泉・単純泉
効能:腰痛・神経痛・冷え性・肩こり・リウマチ・五十肩・糖尿病・婦人病・皮膚炎・アトピー・消化器系疾患など幅広く適応しますが、個人差がありますのでまずはお試しください。肌触りがサラリとしたやわらかなお湯です。


天ヶ瀬温泉の歴史

温泉としては、天武天皇(7世紀後半に在位 天智天皇=中大兄皇子、の弟)の時代に起こった大地震の際、熱湯が噴出したとされています。天武天皇時代は、壬申の乱以後の日本の統治機構、宗教や文化の原型が作られた歴史上重要な時代とされ、「白鳳文化」ともいわれます。(飛鳥文化と天平文化の中間に位置する)
1300年の歴史があり、「別府」「由布院」と並び豊後三大温泉のひとつとされる名湯です。
 天龍荘(旧名旅館ながや)が創業した当時、日田は江戸幕府直轄の天領として代官所もあるほど栄えていました。天ヶ瀬(旧湯山村)に湯治に来る役人さんの本陣宿として親しまれてきました。昭和22年「天龍荘」に改名しましたが、現在14代目、変わることなく玖珠川沿いに佇んでいます。


共同浴場のこと

天ヶ瀬は、玖珠川添いに20軒ほどの旅館・民宿が並ぶ、景観の良い温泉地です。
地元で管理する共同浴場は、「駅前温泉」「薬師湯」「神田湯」「益次郎温泉」「鶴舞の湯」の5か所。
いずれも100円以上を料金箱に入れて入浴するスタイルです。石鹸・タオルなどは原則的に持参してください。
中には丸見えの露天風呂や、かなりワイルドな囲いのお風呂も存在しますが、水着着用OKなところもありますので、女性や家族連れでも楽しめます。ただし、地元住民も利用している浴場なので、基本的なマナーを守ってお楽しみください。


湯仏様のはなし

天ヶ瀬温泉の旧道の曲がりくねった奥に、薬師如来が祀られている小さな祠があります。
ここでは、〝湯仏様〟の伝承についてお話しします。
「昔々、この村の川向うに下泊という温泉の湧く村があったそうな。
皮膚病に良く効くといわれ、あちこちからの湯治客でにぎわっていたが、村のきれい好きな老人が、膿や吹き出物を持つ病人が村を訪れることを嫌い、浴槽に牛の生首を投げ入れたり、そのそばに祀っていた薬師如来像まで押し倒してしまった。
するとその夜、村は大雨洪水を引き起こし温泉は跡形もなくなり、薬師如来も行方不明。 それから数年後、8キロほど下流に住む信心深い夫婦の夢枕に現れた薬師如来のお告げにより、河原の石の下から噴き出す湯を見つけた。
「傷や吹き出物に良く効くお湯を授ける」とのお告げ通り、長年悩んできた足首の痛みがすっかり無くなり、正夢であることを知った。
夫婦は、神のご加護をありがたく思い、雑木林の崖のくぼみに薬師如来を祀ることにした。そしてその薬師如来は、今も温泉を見下ろす森の中で、村人や湯治客を見守っているという」(天ヶ瀬温泉足湯の文献より抜粋)